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袴田事件の再審公判、2024年5月22日結審へ!再び注目される冤罪の可能性がある袴田事件とは?

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目次

はじめに

1966年6月30日、静岡県清水市で起こった「袴田事件」は、日本の司法史における大きな転機となりました。
この事件では、味噌製造会社の専務一家4人が殺害され、家が放火されました。
被告として逮捕・起訴された袴田巌さんは、冤罪を主張し続け、再審請求を繰り返しました。
袴田事件は、当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。
専務一家が襲われ、家が燃え上がる光景は、地域社会に恐怖と悲しみをもたらしました。
警察は即座に捜査を開始し、この事件が単なる放火事件ではなく、計画的な強盗殺人事件であると断定しました。
現場から発見された集金袋の紛失や被害者の刺し傷の状況から、犯人が金銭を目的とした冷酷な犯行に及んだことが明らかとなりました。
しかし、この事件が単なる凶悪事件にとどまらず、日本の司法制度に深刻な疑問を投げかけるものとなったのは、被告として逮捕された袴田巌さんの存在でした。
彼は事件発生当時、味噌製造会社の従業員であり、元プロボクサーという経歴を持っていました。
逮捕された袴田さんは、一貫して無罪を主張し続け、長年にわたる法廷闘争を繰り広げることとなります。

事件の発生と初動捜査

1966年6月30日、静岡県清水市横砂にある味噌製造会社の専務一家の住宅で、凄惨な事件が発生しました。
住宅は全焼し、専務一家4人が刺し殺された遺体が発見されました。
警察はこの事件を強盗殺人・放火事件と断定し、直ちに捜査を開始しました。
焼け跡からは集金袋が紛失しており、被害者の体には多数の刺し傷が確認されました。
警察は現場の状況から、犯人が金銭を目的に専務一家を襲撃し、証拠隠滅のために火を放ったと推測しました。
捜査本部が設置され、地元の警察と県警本部が協力して捜査を進める中、事件発生から数日後、味噌製造工場の従業員である袴田巌さんが容疑者として浮上しました。
袴田さんは元プロボクサーであり、専務と格闘できる体力を持っていることから、警察は彼に注目しました。
1966年7月4日、警察は味噌製造工場と従業員寮を捜索し、袴田さんの部屋から血痕が付着したパジャマを押収しました。
これにより、袴田さんは本格的に捜査線上に浮かび上がりました。
8月18日、警察は袴田さんを一家4人殺害事件の容疑者として逮捕しました。
逮捕の理由には、以前から工場の製品を盗んでいたという窃盗の余罪も含まれていました。
逮捕後、袴田さんは連日長時間にわたる過酷な取り調べを受けました。
取り調べは炎天下で行われ、1日平均12時間、最長17時間にも及びました。
取り調べ室には便器が持ち込まれ、取調官の前で用を足させられるなど、精神的にも肉体的にも過酷な状況が続きました。
勾留期限が迫ると取り調べは一層激しさを増し、ついに9月6日、袴田さんは犯行を自白しました。

袴田巌さんの逮捕と裁判

袴田巌さんが逮捕された後、1966年9月9日に静岡地方裁判所に起訴されました。
彼の裁判は1967年11月15日に静岡地裁で始まりましたが、袴田さんは起訴事実を全面否認し、無罪を主張しました。
1968年8月31日には味噌製造工場のタンク内から血染めの衣類が発見され、これが犯行時の着衣とされました。
裁判は長期にわたり続きましたが、1968年9月11日、静岡地裁は袴田さんに死刑判決を下しました。
この判決には、袴田さんの自白が証拠として大きく影響していましたが、その自白は強制的に引き出されたものであるとして、弁護側は一貫して無実を主張しました。
袴田さんは東京高等裁判所に控訴しましたが、1976年5月18日に東京高裁は控訴を棄却しました。
1980年11月19日、最高裁判所は袴田さんの上告を棄却し、11月28日に死刑判決が確定しました。
しかし、袴田さんと弁護団は諦めず、1981年に第1次再審請求を申し立てました。
再審請求は長い闘いの始まりでしたが、最初の請求は1994年に静岡地裁によって棄却されました。
その後、袴田さん側は即時抗告し、再び闘いを続けました。

第2次再審請求と新たな証拠

袴田さんの再審請求は、2008年に第2次再審請求として再び始まりました。
この再審請求において、弁護側は新たなDNA鑑定結果を提出しました。
この鑑定結果により、事件の証拠とされた衣類の血液が袴田さんのものではない可能性が浮上しました。
これにより、再審請求は一気に進展しました。
2014年3月27日、静岡地裁は再審開始を決定し、袴田さんの死刑および拘置の執行停止を命じました。
袴田さんは同日午後に釈放されましたが、検察側はこの決定に不服として即時抗告しました。
2018年6月11日、東京高裁は静岡地裁の再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却しました。
弁護側は最高裁に特別抗告し、2020年12月22日、最高裁は東京高裁の決定を取り消し、審理を高裁に差し戻すことを決定しました。
これにより、袴田さんの再審が再び進むこととなりました。
2023年3月13日、東京高裁は再び再審開始を認め、検察側は特別抗告を断念しました。
これにより、袴田さんの再審が確定しました。

再審開始とその後の展開

再審開始が確定したことで、袴田さんの無罪を証明するための新たな裁判が始まります。
この再審では、過去の裁判での証拠や証言が再度検証され、DNA鑑定の結果や新たな証拠が重視されることとなります。
袴田さんの冤罪を晴らすための闘いは、まだ続いています。
袴田事件は、日本の司法制度における問題点を浮き彫りにしました。
長期間にわたる拘留や過酷な取り調べ、自白の強要など、冤罪の背景にはさまざまな要因が存在しました。
この事件を通じて、司法の公正さや透明性が問われることとなり、再審制度のあり方についても議論が深まりました。
再審開始が決定したことにより、袴田さんの無罪が証明される可能性が高まりました。
過去の冤罪事件と同様に、袴田さんの無罪が確定すれば、彼の名誉が回復され、司法制度に対する信頼も回復されるでしょう。
しかし、袴田さんが受けた苦しみや家族の痛みは計り知れないものであり、この事件が示す問題点を忘れずに、今後の司法制度の改善に向けて取り組む必要があります。

おわりに

袴田事件は、日本の司法制度における重大な問題を浮き彫りにしました。
長期間にわたる拘留や過酷な取り調べ、自白の強要など、冤罪の背景にはさまざまな要因が存在しました。
再審開始が決定したことにより、真実の追求が再び始まります。
この事件を通じて、司法の公正さや透明性がさらに問われることとなりました。
私たちは、今後もこの問題に注目し、司法制度の改善に向けて考えていく必要があります。
この事件を忘れず、同じ過ちを繰り返さないためにも、司法の公正さと透明性を保つための努力を続けていくことが求められます。

そして、2024年5月22日、静岡地裁で行われた袴田事件の再審公判が結審を迎えました。
午前11時から始まった公判では、殺害された夫婦の孫が「4人の尊い命が奪われたことを忘れないで欲しい。再度、真実を明らかにして欲しい」という意見書が読み上げられました。
袴田巌さんに代わって出席した姉のひで子さんも、遺族の思いに耳を傾けました。
この再審は2023年10月に始まり、22日午後にすべての審理が終了する予定です。
検察側が再び死刑判決を求めるかどうかが注目されています。

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